テムペリーニ・アルド神父の葬儀ミサにて

ミラノ会の管区長の挨拶

司教様、
司祭の皆様、シスターの皆様、
ご参列の皆様、

 このきびしい寒さの中、故TEMPERINI ALDO神父の葬儀ミサ及び告別式にご参列頂き、心から感謝申し上げます。

 TEMPERINI神父は 1926年12月3日、イタリアのヴェネチアに生まれ、少年期にヴェネチア教区の神学院に入りました。自身の司祭召命を考えるほどに宣教師の歩みが開きました。1951年7月1日、ミラノ外国宣教会の司祭として、司祭叙階の恵みを頂きました。1955年に、当時のヴェネチア枢機卿であったANGELO RONCALLI (のちの教皇ヨハネ23世)の祝福をいただいて、日本に派遣されました。横浜教区の甲府教会、富士吉田教会をはじめとして、 福岡教区の鹿島教会、佐賀教会、多久教会、最後はロザリオの園、主任司祭と園長として、日本の社会、特に日本におけるカトリック教会のため、最後の最後まで、イエスの宣教師として人生を捧げてまいりました。

 昨年の誕生日の12月3日にはゆっくりお話が出来ました。誕生日に当たって、ヴェネチアの知り合いのある神父様から、元ヴェネチアCE枢機卿様が書いた本を頂いたという話でした。その本は、20年にわたって、教区司祭の葬儀ミサでなさった枢機卿様の説教をまとめたものです。そしてTEMPERINI神父は「知り合いだった神父が多いですよ。枢機卿様のお説教はすべて素晴らしいと思います。しかし、ちょっと、がっかりしました。僕のためのお説教は見つかりませんでしたから」。少し笑って、しばらくして私が「91歳のお誕生日に当たって、今夜どんなお祈りをされますか」と尋ねると、TEMPERINI神父は 「神学院に入ってからの毎晩の祈りと同じ祈りをします」と仰いました。そして、穏やかな顔をなさって「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」とイタリア語で唱えてくれました。

 この昨年の12月3日の話は偶然ではないと思います。帰天された夜、2月2日金曜日、ちょうど主の奉献の祭日、間違いなく神父様は最後に毎晩と同じように、シメオンの賛歌を唱えられました。自身の人生をイエスと福音の為に捧げたTEMPERINI神父は、今、シメオンと天国で救い主イエス様を見ておられると思います。

 TEMPERINI神父様、日本の教会と私たち宣教師の為に、お祈りください。

皆様、本日、ミラノ外国宣教会のTEMPERINI神父のお別れのために、お集まり頂き、誠にありがとうございました。

カトリック佐賀教会
2018年2月6日
アンドレア・レンボ

2017年12月3日、91歳のお誕生日を迎えたテムペリーニ・アルド神父