ミャンマーについて分かち合い

 主の復活おめでとうございます。Happy Easter!

 私はミラノ外国宣教のヴィンセントともうします。私はミャンマー出身で、カチン族に属しています。私が初めて日本に来たのは4年前です。2019年にミャンマーに戻り去年の8月に日本に帰ってきましたので、日本での滞在は計3年となります。ですから、不完全な日本語となることを前もってお詫びします。どうぞよろしくお願い致します。
 何よりもまず、今日のズーム祈祷会に招待してくれて誠にありがとうございます。
 今日は私の国についてお話したいと思います。しかし、これは会議やスピーチの形式ではありません。これはただの祈りであり、分かち合いのための小さな声としてお聞きください。

 今年のミャンマーでハッピーイースターを言うのは難しいと強く感じています。
 キリスト教の最大のお祝いであるイースターは、ミャンマーの歴史の中で最も悲しい日となりました。過去2か月間、私たちミャンマーの国民はまさに十字架の道を歩んできました。私たちは引き続きゴルゴタの丘を登っているかのような状態です。今までのミャンマーの歴史の中で数百人が殺されて私たちの母国ミャンマーの聖地に血が流されそれは血溜まりとなっています。老いも若きも、そして子供たちでさえ容赦なく殺されました。本当に暗い日々でした。数千人が逮捕され、刑務所に投獄されています。数千人が逮捕を逃れて逃走中です。2021年今現在でも、国の中では何百万人の人々が飢えています。

 多くの人が聖書に出てくるヨブのような質問をする現実がミャンマーにあります:神はどこにいますか?母親が私たちを忘れても、私たちを忘れないことを約束してくださった私たちの神が、なぜ私たちを捨てたように見えるのでしょうか。これらは現実にほんろうされて傷みを負って今を生きているミャンマー国民の問いと叫びではないかと私は思います。そんな思いの中にあるミャンマー国民が復活の出来事が希望であると思い出すことが出来るように、この沈黙の悲しみに同行する必要があります。

 まず、明確に理解するために、例え話でミャンマーについて説明したいと思います。ミャンマーは何年もの間混沌とした森として残り、10年間でじわっと美しい庭園になってきていました。しかし、最近は不快なジャングルに戻ってきたようです。
 2月以来、ミャンマーでは、ニュースや報道を通して皆さんご存知のように新しい現実に直面しています。そのきっかけは、1962年から2011年まで無敵だった軍事政権の時代に国を戻すために軍が試みたクーデターです。
 1962年、権威主義的(Authoritarianism)社会主義的(socialism)なネウィン将軍は、クーデターを実施し、独立(independent)の年である1948年以来存在していた民主主義政府を打倒することによって権力を掌握(control)しました。その間何年にもわたって、250人の宣教師が追放されました。 10年以上そこにいたミラノ会から残った神父たちは11人だけでした。それ以来、名前と定義が絶えず変化しているにもかかわらず、軍は国を鉄の拳で拘束してきました。
  多くの証言は、焼けた村、破壊された教会、レイプされた女性、奴隷または少年兵になることを余儀なくされた子供、敵の夜間の失踪、集団墓地:ロヒンギャやすべての少数派....として克明に残されています

 ここで私は私の個人的な経験をみなさんと、分かち合い同時体験したいと思います。ある日、軍隊のグループが私の祖父母の村にやって来ました。その時私は13歳でした。この軍隊は村人たちに突然退去命令を出しました。たった一日の準備期間を与えて。それがどれほどひどいか想像してみてください。翌日、村全体を燃やしました。その経験は、目に焼き付きわたしの脳裏から離れることはありません。これは私の多くの経験の1つにすぎません。

 続けましょう。1990年には、民主主義同盟党が勝利し、当時アウンサンスーチーが主導した自由選挙を実施する試みがありました。この党は軍に勝ちましたが、軍は選挙結果を認めず、最近の数週間のように、アウンサンスーチーと彼の協力者を刑務所に入れました。
 孤立した経済、四半世紀における軍主導の政権は再びミャンマー社会に影響をあたえました。2008年の新憲法発令によりいくつかの重要な省庁と一緒に軍の議席の25%を保証する、女性の地位向上、などを約束したにもかかわらず、彼らはそれを実行しなかったので国民は彼らを受け入れませんでした。最後に、2015年に新しい自由選挙が公正に行われ、NDLが勝利しました。
 2020年11月には、さらに多くの選挙が行われ、NDLの議席が75%と飛躍しました。その結果、国民的変化の気運が軍隊に突きつけられ、このNDLの勝利は軍政権にとっては、いままで掌握してきた国のすべての資源(石油、ガス、農業、貴重な木材、鉱山など)などの軍政優遇の経済の終わりになることを恐れることになりました。自由市場が機能しない間は、ミャンマー経済は彼ら軍の手にあったのですから。そんな状況の中、今回のクーデターは軍隊にとって死活問題なのです。

人々の反応

 しかし、ミャンマーの人々は前例のない新しい現実に直面していることに気づきました。それは独裁政権に対する人々の反応です。軍事政権を転覆させる過去の試みは、まず、1988年に大学生を奮起させました。次に、2007年の僧侶の長蛇の列。。そして、ここ数週間の市民的不服従のデモは最初に医師によって、次に医療従事者によって開始されました。
その後、教師と生徒。そして、銀行員、民間企業、鉄道労働者、労働者。その結果、経済は停止しました。

 同じ軍事政権の長であるミン・アウン・ライン将軍は、病院の3分の2が機能していないことを認めました。国連によると、州職員の4分の3がデモを行っています。ミャンマーの調査チャンネルは、デモが新政府の24の省庁すべてを機能不全にしたと証言しています。
 ストライキとデモはいくつかの都市に広がっていきました。昼夜を問わず何十万人もの人々がヤンゴン、マンダレー、ミッチーナー、モンユワ、ダウェイ、ミエイク、ラシオ、タウンジーの街で訴えています。しばしば皮肉やユーモラスな兆候があり、これも目新しいものです。国民は、軍事国家の終焉と政治犯の釈放を求めています。まず、自宅軟禁されているアウンサンスーチーとウィンミン大統領の行動の自由を要求しています。もう一つの新しい傾向は、デモンストレーションの多民族的性格です。それは、ミャンマーの136の民族グループが、軍の強権的な支配なしで一緒に暮らすことができるというサインです。

 国の多民族性はしばしば国民統一のバラストでした。表面上の「鎮静化」を装うため、軍隊が常に分割統治の政策を実施しあるグループに武器を与え、別のグループと戦うという時期もありました。しかし、現時点では、大多数の民族グループがクーデターと軍事政権に対して団結しています。
 多くの民族グループ、特にチン族、カチン族、カレン族は安定せず、間領土のすべての富を奪ってきた軍事政権との戦いを長らく繰り広げてきました。
 今、その民族グループが、デモ隊を殺すことによって人々を恐怖に陥れる軍事政権の暴力と戦うために力を合わせることを考えているのです。

教会と暴力

 もう一つの重要な要素は、デモへの司祭、神学校、カトリックの修道女の参加です。今回も仏教の僧侶や尼僧も参加していますが、その数は過去のムーブメントの時ほど多くはありません。
 彼らは軍事政権を非難しすぎて対話の道を閉じないようにあえて努めているのかもしれません。一方で、「中立的すぎる」と主張している僧侶たちもいます。しかし、中立的過ぎると言っている彼らも殺害と虐待を非難します。
 軍事的対応はますます暴力的になっています。
 現在までに、軍と警察は少なくとも400人を殺害しました。彼らの3分の1は、18歳未満の若者であり、残酷な処刑スタイルで頭部を打たれて銃殺されたり、殴打されて死にました。また、夜の失踪と逮捕もあります。少なくとも3000人の逮捕された人々の一部は、拷問により刑務所で死亡しました。

公共のニーズ

 ミャンマーの人々は現在、国連または米国からの軍事介入を望んでいます。国連には、保護する責任と呼ばれるシステムがあります。そのR2Pメカニズムは、今まではアジアではなくアフリカで何十年も使用されてきました。 R2Pには、特定の政府に対する経済的および外交的制裁も含まれています。ミャンマーの人々はR2Pを軍事介入として理解しており、ミャンマーを国として成立させたうえでの軍事介入を望んでいます。

私たちの希望

 現在行われている若い人たち行動は、大きな賞賛に値します。しかし、忘れてはならないことは、私たちが暴力の道を歩んではならないということです。闇は、光によってのみ払拭されるものであり、闇によって払拭されることはありえません。私たちの闘争は、ミャンマーの民主主義のためだけでなく、人類のためでもあります。私たちは、この闘争がすべての人々に、人類同士の交わりの巨大な波を目覚めさせることができると信じています。もう一つの重要なことは、私たちが不必要に死ぬべきではないということです。私たちの命はとても貴重です。 私たちが長生きすれば、民主主義は確実に強化され、悪は弱められるはずです。敵はただ一つの言語を知っています:それは冷酷な暴力です。 私たちは愛と平和で打ち負かさなければなりません。 それが十字架のメッセージでした。 それがこの国の運命です。 平和と繁栄の新しいミャンマーを憎しみと闇の墓から立ち上がらせましょう。

 それから私たち全員、若者、市民社会、民族コミュニティ、すべての宗教が一緒になって、復活したミャンマーの新しいイースターを祝うことができるとさえ信じます。ミャンマーで、イエス様がよみがえられました!歓びましょう。と

 最後の最後に、2つのことばを引用して今日の分かち合いを終わりたいと思います。まず、最初の引用は19世紀のある司教からのものであり、もう1つは教皇ベネディクト16世の貴重な言葉です。最初のものは「神のいない人は遅かれ早かれ反人類になるでしょう」です。そして、教皇ベネディクトはこう言いました。「神が人間の地平線から消えると、人類はその方向性を失い、自らの破壊に向けて一歩を踏み出す危険を冒します」。

 皆さん、今私が引用した2つの金言はミャンマのような国や他の多くの地域の現状を理解するのに役立つとわたしは信じています。

ウィセント・ラズーン・ノーサン神父

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